行政書士と弁護士との棲み分けを求めて

下記は、東京都行政書士会広報誌に掲載された論文です。

24.10.27掲載 下記論文についてのご意見はご遠慮下さい。転写禁止

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弁護士との棲み分けを求めて(Ⅰ)

          実践女子大学大学院人間社会研究科兼任教員  戸口つとむ(勤)

1.本稿の目的

 争訟性のある法律事務を取り扱い、弁護士法違反に問われる行政書士が後を絶たない。ネットを見ても、弁護士法違反と疑われる行政書士のホームページの記載がかなり多い。交通事故、離婚、建設トラブル等の法律事務はすべて非弁活動である。示談書の作成、遺産分割協議書等の書類作成のみが行政書士業務であり、加害者と被害者の間に入り仲裁することも、当事者片方の代理をすることも許されない。片方のメセンジャーであっても行政書士は法律家である以上許されない。行政書士法は立法趣旨からトラブル解決専門職を想定していない。トラブル解決の専門職は弁護士と司法書士で十分であり、行政書士を重ねてトラブル処理の専門家として制度化する必要は無い。司法試験、司法書士試験が難しいと行政書士に逃げて弁護士の真似事をしてはならない。司法試験、司法書士試験に合格しない者はトラブルに関与してはならないのである。しかし、トラブルに関与できないことはトラブルに関与しなくても良い意味でもある。筆者はトラブルに関与しなくて良い法律家として事件屋ではないスマートな行政書士を選んだのである。事件屋ではない本来の行政書士の姿を模索し、行政書士のアイデンティティーを確立することが急務である。

行政書士は民事においては予防法務の専門家である。刑事においては弁護士が加害者いわゆる被告の弁護であるなら、行政書士は告訴状を通じて被害者の権利擁護である。そこには、行政書士と弁護士の対峙した法律家としての責務と役割が存在する。その予防法務とは何か。それらの業務をどのように展開すべきかを再論証してみたい。

2.行政書士業務の体系

 行政書士の具体的業務を説明する前に、その前提として行政書士業務の体系を考えてみたい。法定業務と法定外業務とに分類する少数説があるが、今までは筆者もそれに同調してきたが、ここで同調することを改め法定外業務の存在に反対するものである。法律により定められている資格制度を考えたとき、法定外業務は存在しないと結論付け、同調しないことに変更したのである。行政書士は、法により定められた資格者であり、法によらない業務は行政書士の業務ではあり得ない。行政書士が行政書士法に定められていない業務を法定外業務とする根拠があいまいであり法律による資格制度を揺るがす考え方である。さりとて、行政書士は、行政書士として行政書士法に表記された業務のみを行い得て、他の業務は全く行い得ない意味ではない。法に表記された行政書士業務に、付随して行う業務と関連業務も多く存在する。それらの業務は主たる行政書士業務に関連し、又は付随する必要な業務でなくてはならない。法定外業務は認めることは法により定められた資格制度の矛盾であり、法定外業務を認めることは悪戯に業務を拡大させ、行政書士法の目的を逸脱する危険性を含んでいることになる。行政書士が、法に表記された業務、関連業務、付随業務以外の業務を行うことは可能であるが、その場合は、行政書士として行うのではない。もし、法に定められていない業務等を行政書士が行っても行政書士の法定外業務であるなら、行政書士がコピーを取れば法定外業務であり、お茶を入れても行政書士が行えば法定外業務になる。そのような考え方は到底受け入れられないことは当然である。行政書士制度が法により定められている結果の当然の解釈であり、法律によらない行政書士業務は存在しない。

 契約締結代理を法定外業務と解釈する少数説があるが、当然に受け入れることができない。もし、この説を受け入れるのであるなら、行政書士は契約締結の専門家ではないことになる。専門家とは、法に定められた業務をこなす資格者としての行政書士が存在しなければならない。契約締結等が法定業務であるからこそ、行政書士が契約の専門家なのである。行政書士が、契約締結の委任を受けて、行政書士名で契約書に代理人として署名捺印するのであるから、代理行為の全てが法定業務そのものである。条文に直接的表記が無いからと、あえて法定外業務という概念を持ち出すことは、行政書士を法律家と見ずに代書人がついでに行政書士業務外の行為をしたことになる。契約交渉代理及び契約締結代理は、行政書士の法定業務そのものである。確かに行政書士法の規定は、行政書士の契約締結を直接に規定しなかった。しかし条文の解釈は具体的条文の表記のみに因るのではなく、立法趣旨、立法の成立経緯、制度の歴史等を加味して解釈される。行政書士法に、「・・契約その他に関する書類を代理人として作成すること・・」と規定されたことは、当然に行政書士が契約代理を行うことを前提とした規定であるから、契約締結代理、契約交渉代理は法定業務なのである。条文の表記のみに拘泥して法解釈を誤ってはならない。行政書士が法律家たるゆえんは契約締結代理、契約交渉代理を法定業務として取り扱うことができるからである。決して法定外業務であろうはずがない。

3.予防法務としての行政書士業務

 行政書士法制定以来、行政書士は書類作成を通じて、予防法務の業務を長く取扱い社会貢献をしてきた。書類作成そのものが予防法務そのものであるから当然である。特に、権利義務に関する書類の作成、事実証明に関する書類の作成は予防法務の基幹である。

3.1 権利義務に関する書類作成業務

 契約書、遺産分割協議書などがその代表である。勿論、弁護士もそれらを作成し得るが、弁護士はその専門家ではない。その理由は、紛争処理と予防法務は相矛盾する法的事務であるからである。予防法務が徹底されれば紛争は無くなる。もし、力のある行政書士が多く台頭し企業に家庭にと活躍すれば、紛争は少なくなり弁護士は廃業を余儀なくされるであろう。しかし、現実の社会で完ぺきな予防法務の対策を取ることは不可能であるから、弁護士の廃業はありえないことになる。理論と実際の齟齬である。それにしても、予防法務の専門家である行政書士の歴史は長く、我が国においての書類作成を通じて紛争予防に長く貢献してきたことは事実である。行政書士と弁護士の歴史を考えるとき、明治初期における侍である代書人の地位は高く、町人の三百代言の地位は低かった時代があった。弁護士の地位は戦後の法曹一元化により高くなったのであり、社会的に評価されて高くなったのはその後の弁護士の努力によることでもある。私たち行政書士はどれだけ社会に貢献しているであろうか。力の無い行政書士が、弁護士以上の報酬を請求し平然としていることは社会的評価を自ずと低くしていることに他ならないであろう。社会的評価も仕事の受任も自らが社会貢献しなければ高くもならないし増加もしない。弁護士の真似事をするのではなく、自らのアイデンティティを求めて業務の姿を模索しなければならない。契約書、遺産分割協議書などは、前述した通り弁護士の専門ではなく、行政書士の専門であることを社会に普及しなければならない。インターネットで弁護士の遺産分割協議書のサンプルを見てみると結構不備が多くトラブルを内在させたまま合意を交わしていることが分かる。行政書士であるのなら、弁護士、司法書士の作成した遺産分割協議書の不備を指摘できなければ本物の行政書士ではない。勿論、弁護士の作成した遺産分割協議書は有効ではあるが、今一つトラブルに対する予測に基ずく対策が不足しているのである。司法書士は、登記を意識して登記さえ完了すれば良い程度の遺産分割協議書である。先日、ある司法書士の遺産分割協議書のサンプルをネットからダウンロードし、行政書士訓練生に不備を訂正させて見た。9項目が不足していたのである。まさか天下の司法書士の教示する遺産分割協議書のサンプルが不足項目9に上るとはすごい事である。勿論、不動産登記を完了させるには全く問題が無い。しかし、相続人間で折角合意をしてもトラブルを内在したまま時を過ごすことはあってはならないことである。少なくとも行政書士はこのようなことの無い専門家であることを願うのみである。行政書士は、他の法律専門職の中で唯一の予防法務の専門家なのであるから、行政書士は、予防法務の唯一の法律家であることを自覚し、日々の研鑽に努め業務に従事しなければならない。

3,2 代理概念の検討

3.2.1 民々の代理業務

 更に掘り下げてみることにする。いわゆる民々代理とは、民間の個人(法人)と民間の個人(法人)との契約等について代理することである。行政書士法第一条の三の第一項第一号に「・・契約その他に関する書類を代理人として作成すること・・」と規定されている。法改正の過程では、「契約その他に関する書類を代理して作成する。」と草案に規定されていたが、書類を代理して作成する概念が存在しないことを法制局から指摘を受け「人」の文字を入れて現行の規定に落ち着いたのである。この規定の仕方は不自然なようにも考えられるが、行政書士の代書人としての歴史を考えたとき当然の表現であり、帰って整合性のある表現であると考える。しかし、この文言を使用したために法律理論のわからない輩から「契約書作成代理」とか、「書類作成代理人」とかの言語を使用させる不合理を生み出している。代理業務を書類作成と契約締結代理に分けて考えてはならないのである。契約の委任をするときは書類のみを作成する委任はしない。書類作成のみであれば委任ではなく委託である。「契約書等を代理人として作成すること」と「契約書等を代理して作成すること」は全く異なることである。契約書を「代理人として作成する」ことは代理人として契約代理の委任があるので、法律行為であるが「契約書等を代理して作成する」ことは言語使用の間違いである。契約書等を代わって作成する行為は事実行為であるから代行であり代理ではない。契約書等を代理人として作成するときは、契約締結の委任があって、契約書に行政書士誰の誰兵衛と署名捺印するであろう。契約の意思の合致は代理人の意思であり本人の意思でないところが代理制度の本質である。書面に代理人と記載した場合は、書類を代理人が作成するであろうが事実行為と言う書面作成(表示行為)を伴う意思表示を代理人がしていることであり法律行為の代理である。ところが、ただ単に本人名の契約書を、行政書士が作成した場合は、事実行為の代行であり法律行為ではない。ここをはっきりと区別することが行政書士の業務を拡大させ存続させる為に重要なことなのである。

3.2.2 口頭代理

代理概念を「口頭代理」「書面代理」とに分類体系づける少数説があるが、大きな誤解であると考える。代理は、口頭代理、書面代理に分類できない。依頼者本人が代理人を選任した場合、代理人が相手に伝える意思表示(表示行為)の手段をどのような手段、口頭で伝えるか文書にするかを考え、或いは、本人から文書で連絡してほしいと限定して代理権を与えることもあるであろう。しかし、それは代理の分類ではなく、代理人の意思表示の表示行為の手段の分類である。代理そのものの分類と、代理人の表示行為の手段の分類を混同してはならないと考える。なぜに、「口頭代理」と言う概念を否定するかの理由は、口頭代理を認めることは書面代理を認めることであり、行政書士の業務を解釈する上で、書類を代理して作成する概念を認めてはならないからである。書類を代理人として作成する行為は、代理業務の中の一部として存在するが、書類作成行為のみは事実行為であるから代理になじまないのである。もし、書類作成行為を代理できることになると、書類作成も法律事務となり、争訟性のある書類作成(法律事務?)は行い得ないことになる。行政書士は、書類作成がどんなに争訟性があろうが書類作成は法律行為(法律事務)ではなく事実行為であるから作成業務を受託することが可能である。口頭代理概念を認めることは書面代理行為の概念の存在を認め、行政書士が代理人として表記せずに書面の作成のみを受託しても代理したことになり、書類作成の業務範囲を著しく狭くするものである。従って代理概念の分類に、口頭代理も書面代理も認めることはできないのである。

3.3 争訟性のある法律事務

 争訟性のある法律事務を弁護士法72条は非弁活動として禁止している。それでは行政書士は何故に、示談書を作成し、遺産分割協議書を作成し得るのか疑問であろう。多くの先輩行政書士が、「示談書の作成は、すでに紛争が終わりその結果として示談書を作成するので争訟性のある法律事務に当たらないと。」言い。ある学者は「高度の法律判断を加えずに整序的に文書を整理し作成することは法律事務に該当しない。」と。しかし、その解釈では非弁活動の規制が刑罰法規であることを考えると争訟性法律事務の構成要件の解釈が曖昧過ぎて罪刑法定主義に反すると考えられるので受け入れることができない。もう少し単純に整理して考えて見ることとする。法律事務とは法律行為に関する事務と考える。勿論、その事務の中には書面作成も含まれるが書面作成は法律行為を証するための手段として書面を作成するのであって、書面作成そのものは法律行為ではない。弁護士法72条により禁止されている法律事務は、争訟性のある法律事務、法律行為である。ただ単に書類のみを作成する行為は法律行為ではないから弁護士法の争訟性のある法律事務に該当しないと解するのである。従って、示談書の作成は事実行為であるから、その示談書には作成者である行政書士の意思表示は存在しない。依頼者の意思のみが存在し行政書士は依頼者の意思に沿って文書を作成しているだけである。文書を作成する行為がすべて非弁活動なら、示談書を印刷した印刷屋、タイプ屋も弁護士法違反と言うことになる。従って、行政書士は法の趣旨に従って示談書、遺産分割協議書等の作成を業として行うのである。行政書士は、当然にいかなる形にせよ書類作成のみに留め、紛争に関与してはならないことは当然である。

行政書士は、別の表現をすれば,揉めているややこしい案件は取り扱わなくて良い事である。弁護士の友人が「お前はややこしい事件ばかりを持ってきて、良い仕事はみんな自分でやっていないか。」と愚痴ったことがあった。筆者は「弁護士の仕事は、揉めているややこしいことを処理することだ。いやなら行政書士になれば良い。」と答えたことがあった。行政書士は、あえて弁護士の真似事をして争いに関与する必要はない。スマートに行政書士業務をこなすべきだと考える。ある弁護士は、研修会で「法すれすれのことをするから儲かるのだ。」と馬鹿な法律家らしからぬ講義をした者がいた。恥ずかしい限りである。行政書士は法律家である。法律すれすれの行為は慎まなければならない。行政書士は、事件屋なんかでないと、誇りを以て日々の行政書士業務に従事して欲しいものである。

3.4 内容証明郵便

 行政書士は、争訟性のある法律事務を取り扱い得ないから、当然に内容証明も代理人として作成し発することができない。内容証明は事実行為の代行として本人の名で発する必要があるが、それで充分である。内容証明を「作成代理人行政書士」として発して弁護士からお叱りを頂いて初めて気づくのでは恥ずかしい事である。この「作成代理人」と記載することも立場を曖昧にして、紛争の種となるのである。行政書士法に基づき行政書士名を記載したいのであれば「作成代行人」「作成人」であろう。行政書士は交渉を受任してはならないのであるから、連絡先も本人にしなければ、やはり非弁活動に見なされること当然である。今までも、内容証明を代理人として発送し、弁護士から忠告を受けた行政書士がかなり多くいるのである。相手に弁護士がついていない一般市民であれば法を理解していないのであるからクレームもないであろうが、今後は益々厳しくなり内容証明を代理人で発送することで弁護士法違反に問われる行政書士が増加するであろう。しかし、本物の行政書士であるのなら、行政書士名を記載しなくても文章能力により見事、相手に有無を言わせないだけの内容証明を作成したいものである。それがプロ代書人の誇りである。

3.5 事実証明に関する書類の作成業務

 事実証明に関する書類の作成は法律事務ではない。もし、事実証明に関する書類の作成が法律事務であるのなら、診断書を作成する医師は事実証明の作成人として法律家と言うことになる。当然にあり得ない解釈である。他人の為に事実証明に関する書類の作成を業として行い得る資格は行政書士のみである。たとえ弁護士であっても事実証明に関する書類の作成を業とすることはできない。その主たる業務は、株主総会議事録等、測量図面証明書、各種状況書、財務書類等である。履歴書等を含める解釈もあるが素人が誰でも作成できる書類までを行政書士業務と体系づけることはいかがなものであろうか。行政書士法の趣旨を理解して業務範囲も検討しなければならない。例えば会社登記謄本申請、不動産登記謄本申請を司法書士会は独占業務と主張しない。士資格は、制定の法の目的があるが、それを逸脱して業務範囲をいたずらに拡大することは、あえて制度の根幹を揺るがす基となる。行政書士法を廃止しすべしと政府審議会から二度にわたって答申があったことを忘れてはならない。行政書士業務も、他の資格法の業務も形式的業務と実質的業務に分け、無資格者の取締りを要する実質的業務のみを行政書士の独占業務とすべきである。

3.5.1 事実証明に関する書類の作成

 事実証明に関する書類の作成は、今まであまり行政書士は力を入れてこなかった傾向がある。許認可業務を行う上の付随業務としたり、会社法手続きの付随として作成してきた。しかし、グローバル社会に突入し、契約社会あるいは証拠主義社会に大きく社会が変化してきている。そんなグローバル社会の中での行政書士の役割は大きく責任は重い。従来は契約書も作成せずに、事実関係の証明書も作成せずに、信頼関係だけで 我が国は経済社会活動がスムーズに行われてきた。こんな素晴らしい国は他にはないであろう。勤勉な国民性の国家の所以であろう。しかし、時代は変わったのである。外国人との取引が急増し、また信用のみでは取引を行わない企業が増えてきたのである。いよいよこれからの社会は、行政書士の出番である。契約書の作成、契約代理(契約締結代理、契約交渉代理)は当然に行政書士の業務であるが、その権利義務の関係を証明することは、契約書のみでは不足の時が多く存在する。それが事実証明に関する書類である。物品の売買契約時の目的物の状況書、法人、団体の会議の状況書等は、契約書等とは別にさらに詳しく記載され紛争の予防に貢献するのである。財務書類も、監査と証明は公認会計士の独占業務であるが、財務書類の作成は公認会計士の独占業務ではなく、事実証明に関する書類として行政書士が作成できる主たる業務分野である。証明とは作成者ではない第三者が適正である旨を調査し証明することであり、行政書士は作成者の第三者ではなく作成者本人である。従って財務書類の欄外に「作成人 行政書士誰の誰兵衛」と表記することができるのである。会計の専門家は、法的には公認会計士と行政書士である。税理士の会計は付随業務で行い得るのである。

3.5.2 新しい行政書士業務としての事実証明業務(総論)

 事実証明に関する書類の作成に付随して或いは単独で事実証明を行政書士が依頼されるときがある。証明行為そのものは行政書士の仕事でないと自ら業務を放棄して解釈をする者がいるが、行政書士制度を理解していない解釈と言わざるを得ない。筆者は30余年の行政書士経験の中で、会社設立時に個人から法人成りした旨の証明、境界争いの土地の実測証明等を行ってきた。弁護士が、「行政書士は事実証明に関する書類の作成ができるのであるから実測して証明して欲しい。」との依頼であった。行政書士は、確かに事実証明そのものを主たる業としていない。しかし新しい行政書士関連業務あるいは付随業務として、大きな期待を持てる分野にすることができるであろう。 我が国に居住していることの事実証明、 法人が我が国に存在する事実証明等を求められ行政書士として業務を行った経験者は結構多いであろう。事実証明業務は、行政書士関連業務、付随業務としてこれからのニーズが増えるであろう。

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弁護士との棲み分けを求めて(Ⅱ)

       実践女子大学大学院人間社会研究科兼任教員  戸口つとむ(勤)

4. 新しい行政書士業務としての事実証明関連業務を求めて

4.1 行政書士業として作成し得る書類の種類

行政書士の業として作成し得る書類は、大きく分けて、官公署に提出する書類、権利義務に関する書類、事実証明に関する書類の三つになるが、一つの書類は必ずしもその三つに厳格に分けられるわけではなく、一つの書類が、三つすべての性格を持つ場合と、二つ持つ場合或いは一つ持つ場合とがある。書類の利用目的、見る方向によって書類の性格も異なってくるのである。その書類が持つ複数の性格の中で、その性格の主たるものを取り上げその書類を分類することが多いであろう。特に事実証明に関する書類の場合は、官公署に提出する書類と権利義務に関する書類の性格を合わせ持つ場合が多いのであるが、これらの書類の性格を分ける意味は行政書士法の独占範囲を確定させるためには大きな意味があるのである。しかし、日々の仕事の上では書類の性格を分類する実益は存在しない。今回あえて、この分類にこだわるのは、事実証明に関する書類の作成とその関係業務について大きく触れたいこと、特に行政書士業務としての独占性を主張するために原点に帰って考えて書類の性格を分類し確認したいからなのである。

4.2 行政書士業務としての事実証明に関する具体的書類の性格

事実証明に関する書類について前稿で簡単に触れたが、ここでは法的な性格について論述することとする。行政書士法は、事実証明に関する書類の作成業務を行政書士の独占業務として規定している。しかし、この業務を意識して積極的に取り扱ってきた行政書士は少ないであろう。また、日々の仕事に追われ、事実証明に関する書類の作成とは法的に何なのかを理解している行政書士も少ないかも知れない。

刑法第159条(私文書偽造等)の「・・事実証明に関する文書・・」の解釈について「・・実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書・・」(大判明44・10・13、最決昭33・9・16等)とするのが判例の立場である。行政書士法の事実証明に関する書類の作成について罰則規定があることから、この刑法の判例の解釈に準じて行政書士法を解釈することができるが、判例の立場はあまりに事実証明に関する文書の範囲をかなり広く解釈するために罪刑法定主義から問題であろうと考える。従って、事実証明に関する書類(文書)とは、「社会生活の重要な利害に関係のあるものに限られるべきであろう。」(多数説)あるいは、重要とまでも限定せずに少なくとも、「法律的に利害に関係を有する文書」と解することが相当であると考える。文書と書類の意味については文書より書類の方が広い概念と捉えることも出来るが法的には同一の意味と解して良いであろう。区別する実益も存在しない。

代表的な事実証明に関する書類には、株主総会議事録などが存在する。これも、権利義務に関する書類であると主張する者もいるが同調できない。会議の内容等の事実を証明した文書でありその結果で関係者の権利義務に影響を与える意味であり、権利義務に関する書類とは、その書類によって権利義務の発生、変更、消滅等の意思表示を内容とするもの(通説)である。行政書士業の事実証明に関する書類は前述の通り「法律的に利害に関係を有する文書」であるから権利義務関係に影響を与えるものであることは当然であり、それを以て権利義務に関する書類であると解釈することは当を得ないと考える。

決算書いわゆる財務諸表も財政状態、経営成績と言う事実を証明する書類(事実証明に関する書類)である。債権、債務が記載されているのであるから権利義務に関する書類であるとの説もあるがやはり同調できない。財務諸表の債権及び債務の記載はその存在事実の証明であり、財務諸表は意思表示を内容とせず新たな権利及び義務関係を生み出すものではない。従って、財務諸表は権利義務に関する書類ではなく事実証明に関する書類である。

契約書は、契約の成立と言う事実を証明する書類であるが、その以前に、権利義務の発生、消滅、変更等の為の意思表示を内容としている点で権利義務に関する書類と解することができる。勿論、事実証明に関する書類であることを否定するものではない。このように、権利義務に関する書類と事実証明に関する書類は見る方向によって異なる分類になることもあるが主たる書類の機能を考えて分類を考えるべきであろう。

事実証明に関する書類は官公署に提出する書類及び権利義務に関する書類に埋没され、行政書士業務としてはあまり意識されてこなかった傾向がある。しかし、これからの行政書士は、社会環境のグローバル化が進み契約社会が強力に発展し契約書のみではなく事実証明に関する書類も契約書の補完として或いは重要な書類として作成サービスの需要が増えるであろう。事実証明に関する書類の作成を行政書士業務として再認識して、啓蒙、普及する必要があるのである。いよいよ、街の法律家としての役目が大きくクローズアップされる時が近づいてきている。

4. 3 新しい行政書士業務としての事実証明業務の提案

 事実証明に関する書類の作成は当然に証明行為そのものではない。事実証明に関する書類の作成と事実証明そのものとは区別して考える必要があるが両者は証明行為とその結果である証明書作成の関係に立ち、切っても切れない関係である。従って、書類の作成と証明行為を分断して考えるのではなく、一貫した事務の流れとして捉えると、行政書士は事実証明に関する書類の作成を業として行う国家資格制度であるから、新たな業務として証明行為そのものを受任してはと提案するのである。行政書士の証明があれば安心と社会から評価を受けるようになるまでは長い歳月を要するかもしれない。また行政書士一人一人の誠実性と真実を求める心が必要である。従って、全ての行政書士が事実証明を取り扱うのではなく、一定の審査に合格した者のみに認定等の資格を与え業務に従事させる制度を創設させる必要があるであろう。

ある事実について証明する資格制度は、例えば財務諸表の証明を公認会計士が業としている。鑑定も証明の一種と捉えると不動産の鑑定を不動産鑑定士が業としている。さらに公務員の公証制度として事実を証明する業務として公証人の事実実験公正証書制度等がある。公証人の業務は公に証明する業務そのものであるが公証人は公務員であり資格制度とはその本質を異にしている。それらに対して、行政書士は証明行為を特定することなく他の資格法により制限されている証明行為以外の全ての証明を担当する資格制度として発展させてはどうであろうか。

行政書士が、事実証明そのものの業務を受託する体制を整え且つ社会に広く事実証明業務を普及すれば新たな行政書士業務としてニーズが拡大して行くのではないだろうか。時代が変わり行政書士が書類作成のみにとどまらず実体関係に関わる法律家としての地位を築き始めているが、事実証明に関する業務も事実証明に関する書類の作成のみにとどまらず、事実に関して証明行為そのものまでをも受託することは国民の利便に大きく資し、行政書士制度の存在意義をクローズアップすることになると信じて疑わないのである。

権利義務に関する書類の作成は、書類の作成前段の契約代理までをも受任し、代理人としての実質的な法律事務を業として行うことができ、意思表示そのものを行政書士が行い得る行政書士代理制度が確立した。然して、事実証明に関する書類の作成を、証明人(法律事務ではないので代理人としてではない。)として作成することもあり得るであろう。行政書士の事実証明に関する書類の作成は、原則的に行政書士そのものが直接に証明するのではなく証明者が行政書士以外に存在して行政書士が書類を作成する制度になっている。ところが、今後の行政書士業務を考えたとき、権利義務に関する書類の作成を代理人として作成するのと同様に事実証明に関する書類の作成を証明人行政書士が行うべきではないだろうかと考えるのである。公証人が公務員として公に証明するのであるなら、行政書士は民間の国家資格者行政書士として事実の証明を業として行うのである。行政書士の事実証明に関する書類の作成業務の付随業務として位置付けて考えることができるのである。公証人の事実実験公正証書の民間版として位置付け、事実実験保全証明を行政書士が行うのである。公務員と異なる民間である性格から柔軟に対応でき、信用性については行政書士数人が連名で証明することによって真実を担保することも大きな効果をもたらすことが出来るであろう。場合によっては、行政書士の証明した事実実験保全証明書を行政書士が公証人役場に出向いて当該証明書に宣誓認証を受けることも可能である。宣誓認証により実質的には、証明した行政書士が裁判所に出向いて証言した効果に準ずる証明力を持たせることも可能である。問題は、行政書士の証明書がどれだけ公に或いは社会的に信頼されるように確立するかである。然して、その社会からの信頼は日々の行政書士の行いで積み上げて行くことも出来るであろう。この事実証明業務は、いまだ前人未踏で未開拓の行政書士業務であるが、行政書士の意識と努力の積み重ねに因って行政書士固有の業務として築き上げられることを確信するのである。

これから、契約社会が発展して、さらに契約書面社会へと進み、事実証明に関する書類の重要性は益々重要視されるであろう。そんな中で、行政書士は、社会的に信用されて第三者の立場で書類の作成のみに留まらず、証明行為そのものを受託することが行政書士として国民の利便に資すること大である。

4.4 事実証明業務の具体的例

 それでは、事実証明の業務にどんなものがあるかを列挙してみるが飽くまでも一例でしか過ぎない。事実証明業務は人間社会の中では数えきれないほどあるであろう。一応次に列挙してみる。

イ)     著作権の現況証明  ロ)商標、特許等の使用現況証明  ハ)労働組合との団体交渉の現況 証明  ニ)株主総会、役員会等の運営現況証明  ホ)団体の役員選挙等の現況証明  へ)境界の現況証明  ト)騒音等の現況証明  チ)建設工事着工前の近隣状況の調査確認証明  リ)賃貸借物件の返却時の現況証明  ヌ)賃貸住宅の借主行方不明時等の室内物品等の現況証明  ル)製造会社の製造過程の現況証明  ヲ)契約の事実確認立会証人  ワ)事故現場等の現況証明  カ)危急時遺言の証人派遣  ヨ)その他の事実の証明

 これらの行為は争訟性のある法律事務ではないかとの疑問を抱く者もいるであろうが、全くの誤認である。事実の証明は事実行為であり法律行為(法律事務)ではない。事実の証明が法律行為(法律事務)であるのなら、宝石等の財産を鑑定し証明することも法律事務と解釈されることになる。しかも、これらの証明は、紛争の中に入るのではなく、紛争を予防し、或いは紛争の再燃を防ぐ予防法務の範疇と捉えることができるから争訟性の性格をも持たない。従って、行政書士の長年の代書人としての業務である予防法務としての本質的観点で軌を一にするものなのである。

4.5 事実証明業務の方法と実際

 証明の方法は、公証人の事実実験公正証書の作成と類似による方法が良いと考える。法律的に利害に関係を有する事実について、行政書士数名が現場に立会い、目・耳・鼻・舌・皮膚の五官の作用で認識した結果を記述することで事実実験保全証明書を作成するのである。当然に、表現力、文章作成能力を問われることになる。

4.6 公証人の事実実験公正証書との相違

4.6.1 効果の相違

 公証人の作成する事実実験公正証書は、裁判上真正に作成された文書と推定され、高度の証明力を有する。これに対し、行政書士の発行する事実実験保全証明書は、複数の行政書士が事実を証明するものである。公証人の作成する事実実験公正証書と比較した場合、証明力については形式上低く判断されるが、証人2名以上が証明すれば真実を証明する力は大きいものがあるであろう。 紛争の予防に、紛争中の案件について過熱の予防に役立であろう。

4.6.2 費用と対応の相違

 公証人の執務時間は原則9時から17時である一方、行政書士は原則24時間受付対応が可能である。さらに、2人又は3人の行政書士により事実証明を行うのであるが、原則、公正証書より手数料を低くすることも可能であろう。行政書士の事実証明は、迅速・柔軟・低料金での事実証明が可能である。行政書士は民間なので、夜間等の受託等で柔軟に対応することが可能であることにも大きなメリットが存在するであろう。

4.7 事実証明業務を行う上での認定制度と教育制度の創設

 行政書士が、国家資格者として事実証明業務を行うためには、社会的に信用されなければならないが、信用を得るためにはどうしたら良いであろうか。やはり、偽造、虚偽等の不正が一切ないことが大切であるがどのようにしたら不正が防げるであろうか。一つは複数人で証明する慣行にすることであり、さらに、事実証明を取り扱う行政書士として信頼がおける旨の認定制度を創設する必要がある。どんな能力よりもまず誠実であることが一番に求められ、一人の不心得者の存在により社会的信用は失墜するのであるから徹底した認定制度と教育制度が必要である。一定の職業倫理等の教育を受けた後に認定する制度とすることが大切である。行政書士会の中に研修機関を設置することも検討に値するであろう。

4.8 事実証明業務の未来

 米国においては民間の評価制度が盛んである。 民間企業の評価が公の評価として認知されているのである。官尊民卑の思想がいまだに生きている我が国では考えられないことであった。我が国においての証明業務は公務員が行うものとの意識が強く、民間が証明したものとして確立されているものには公認会計士、不動産鑑定士制度や医師の診断書等が見られるが、他にはあまり見られない。それに対して行政書士は全くと言って良いほど事実証明には力を入れてこなかった。しかし時代は変わったのである。民間が努力次第で信用される時代が到来したのである。そのチャンスを逃す手はないであろう。その為に、行政書士の事実証明業務は、行政書士法に基づく業務として位置付けられなければならない。事実証明に関する書類の作成を業とするものがその付随として或いは関連業務として受託するのである。米国の評価会社などは法的に何の保証もない中で自らの努力で社会的信用、高い評価を得ているが行政書士と言う国家資格を持つ者の証明であることを考慮すると可能性が広がるのである。国民の利便に資する為の制度として確立して行く必要がそこまできていると考える。行政書士諸氏の奮起を期待するものである。

5.弁護士との棲み分けとしての告訴状の作成業務

 行政書士の歴史は、明治の時代には警察代書人として警察署の許可を得て警察の門前に事務所を構え業として告訴状等の代書を行ってきた。行政書士の多くが警察退官者であった歴史がある。筆者が行政書士に初めて登録した昭和55年ころは4人に一人は警察退官者であった。それだけ警察と行政書士のつながりは強く、告訴状の作成は明治時代から行政書士の仕事として位置付けられてきたのである。行政書士として開業して直後のことであったが弁護士から電話があり町田署に告訴状を提出して欲しいとの依頼があった。弁護士先生ならご自分で直接に警察に告訴状を提出すれば良いのに何故に行政書士の私に依頼するのかとの筆者の質問に、「弁護士より行政書士の方が告訴状を受理してもらえる可能性が高いからです。」との説明であった。その弁護士はベテランで行政書士と警察との関係を良く知っていたのである。現在では、行政書士が提出しようが弁護士が提出しようが、さほどの相違はないであろうが当時はかなりの相違があったようである。警察からしてみれば苦労してやっとの思いで逮捕した犯人を無罪にするのは弁護士である。警察官も人の子であるのなら弁護士を嫌うことは理解できよう。その点で、行政書士は警察退官者の資格者が多い事及び行政書士の歴史を考えたとき、告訴状の専門家として位置付けられるであろう。 弁護士が加害者である犯人の味方なら、行政書士は告訴状を通じて被害者の味方である。刑事事件について加害者の味方ではなくて被害者の味方であることは行政書士にとっての大きな使命であり、やり甲斐である。他の隣接法律専門職と行政書士との大きな相違は刑事事件に対する弁護士との対峙した役割であろう。これこそ、弁護士との大きな棲み分けである。弁護士が告訴に力を入れることは自己矛盾であり弁護士制度を崩壊させる要因となるであろう。

6. 行政手続き(官公署に提出する書類の作成業務)の弁護士との棲み分け

 これこそ行政書士の主たる業務の中の主たる業務である。行政書士の名称の由来も当然にこの業務からきていると言えるであろう。弁護士は法律事務として行政庁に対する手続きを業として行うことができる。最近、弁護士が入管手続きの取り次ぎをしていることを時々耳にする。しかし、弁護士たる者、行政書士の業務分野に入り込み、本来の弁護士の務めを忘れてはならない。弁護士は法の番人として国民の人権擁護に努めなければならないのであるから行政手続きを取り扱うべきではないと考える。取り扱っても合法であることと、実際に取り扱うことには大きな相違がある。弁護士は、行政手続きに関して国民が行政に対してする行政不服申し立ての段階になって初めて登場すべきと考えるのである。弁護士も行政書士もそれぞれの職域を侵してはならないことは今も昔も変わりはない。

7. 相談業務の棲み分け

 行政書士法第1条の3の3号に「前条の規定により行政書士が作成することができる書類の作成について相談に応ずること。」と書類作成の相談のみを行政書士業として行い得るような規定となっている。しかし、実際は許認可の手続きについて、書類作成のみの相談ではなく手続全般についての相談を受け進めなければ業務を行うことができない。従ってこの規定は、行政書士は代書人の歴史があることからの表現であり、相談について、手続きに関する相談か書類作成に関する相談かの区別がつかないのであるから実質的には手続き相談と解釈することができるであろう。また、代理人として契約締結等を受任した場合も当然に書類作成のみの相談ではない。相談業務はあえて別に規定する実益もないので現行法の規定で解釈により相談業務を受託し進めれば良いと考える。

弁護士の法律相談は、紛争の処理が中心であるが行政書士の権利義務に関する相談は、紛争を予防し、紛争を再燃させない方向で相談を受けなければならない。弁護士と行政書士との大きな役割の相違を理解しなければならない。行政書士は、法律相談ができるかとの疑問に対して筆者は「できる」と回答する。行政書士の業務相談の内容は法律相談なくして成り立たない。けだし、法律相談と表記することは弁護士法違反であるが法律相談を禁止している規定は存在しない。弁護士法で、もし法律相談を禁止したら隣接法律専門職の全ての士業は仕事ができないであろう。隣接法律専門職の相談の殆どは法律相談であるからである。行政書士は堂々と行政手続きの為の或いは権利義務に関する書類の作成に関して、或いは契約代理について法律相談を行うべきである。そして、法律相談と法律鑑定とは異なることを理解しなければならない。法律鑑定は弁護士法により弁護士以外は禁止されている。

 いずれにしても、行政書士は弁護士との棲み分け、役割の相違を理解して行政書士の業務を確立すべきである。街の法律家として、予防法務の専門家としての誇りを持って業務に従事すべきである。